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「おおかみこどもの雨と雪」で、親子の関係を考えさせられた。



今年の夏、たまたま予定の間に長い空き時間ができたので映画を観てきました。
細田守監督の「おおかみこどもの雨と雪」。話題の長編アニメです。

率直な感想としては、「久々に観た映画がこの作品でよかった」と思える映画でした。
しかし、どこが良かったか?、と問われるとこれが難しい。

あえてこの気持ち表現するならば、『花・雪・雨、という親子を受け入れられた』からでしょうか。逆を言うと、受け入れ方次第で賛否が極端に分かれる映画でもあるのかなと思いました。

良くも悪くも『心の奥をギュっとつかまれる』感覚を覚えた親子であり、その感覚がそのまま作品の評価に繋がるのかな…と。

その根本はおそらく『完璧でない偉大な母親像』。

親として判断ミスとも言える対応やハラハラする姿。
「母は強し」という言葉を体現したかのような姿。

この二面性があらゆる場面で表現されているため、特に「完璧でない親の姿」を受け入れられるかが重要なんだと思います。

親の姿勢と選択

起こること全てが親として初めての経験。
いくら子育てのセオリーがあろうとも、正解は何一つありません。
出産、病院、住まい、生活、事故、学校、友人、そして人か狼か。

人生には様々な選択肢があり、そして迷います。

作中では、幾度となく「選択」をしてきた花。それが100%正しい選択ではなかったとしても、目の前で起きていることに対して常に全力で臨む「親としての姿勢」が全面に出ていました。
それは「完璧ではない親」なりの、精一杯の「正しい選択」と捉えられるかもしれません。

当然、親自身も子育てを通して成長していくわけですが、そこに至るまでの「選択」を受け入れられるか…が1つのポイントな気がしました。

子の成長と選択

親と同様、子供達も選択を繰り返し成長していきます。

選択という点において最も象徴的なのは、「左が人間の世界。右が狼の世界」という家の前の道でしょうか。

家(守られた世界)から外へ出ると、学校(人)と自然(狼)という2択の道(人生)がある。
子供達は、次第に自らの意思で道を選ぶようになります。

この道が何度も同じアングルで登場するのは、そんな象徴的な意味が込められている気がして個人的にツボでした。
さらに終盤、嵐の中を追いかけるシーンでは、アングルが「狼の世界」へ向いていたのも、子の意志を表したものだったのかな、と思います。

親子の関係

――「私が守ってあげなきゃ」。

花は一貫して親としての強い使命を持っており、失敗もしながら「子供達のため」にできる限りのことをします。その行動の全てが「子供達のため」と言っていいほどに。

一方で、子は親が思っている以上に自分の目で様々なものを見、出会い、体験し、成長していきます。その結果、子供達は自ら大きな選択をします。

  • 雪は、花との約束を破る“告白”。
  • 雨は、使命を背負った“旅立ち”。

おそらく、それぞれの根本にあるものは「親からの自立」。

――「まだ何もしてあげられていない!」

この一言は、親として計り知れないほど大きな愛と、危うさを感じました。

どれだけしてあげても“やりきった”ということはない。私にも子供がいるのでその感覚が非常によくわかります。それだけ自分の子供は愛おしく、何にも代えられない存在なのです。

しかし、愛の表現を履き違えると子供の自立を妨げます。“子離れできない親”ですね。

親というのは、「愛しているからこそ」見守らなくてはいけないときが来るものであり、それを受け入れて成長する存在でもあると思うのです。

それが、親子の理想的な関係なのかな…と。

花は気付いたのでしょう。
ラストシーン。最後の「選択」をしたときの笑顔がとても印象的でした。

最後に

この映画は、親にこそ見てもらいたいと思います。
エンドロールの「おかあさんの唄」が、様々なシーンを表現し、親の感情を歌い、物語を優しく包みます。

ものすごく言葉として表現するには難しい気持ちでしたが、自分の親に対する「感謝」と、自分の子供に対する「愛情」を考える、いい時間になったのは事実です。

おわり。

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